儀一の独り言

中世城館跡を好む儀一が、城館を調査したりした事を語る独り言ブログ。

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未だに光は届かず・・・

結局昨日は先方の勘違いで光は届かず・・・
やはり念を押して頼めばよかったか。
お陰で4時間も何時来るか分からない状態で待っていたから半分頭が寝ながら待っていてしまった。

次回はしっかり来てくれないとと思うのであった。 続きを読む
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  1. 2010/11/26(金) 08:28:01|
  2. その他の事

ついに光の世界へ

やっとこさ我が家にも光が届く。
いままでADSLでよく頑張ってきたもんだ。
お陰で動画見ても途切れ×2だったしな。

って事で次のブログ更新があったときにはもう光の世界・・・の予定。
今までの環境がなれているので、どんな世界が待っているのか想像もできません。
  1. 2010/11/25(木) 12:37:40|
  2. その他の事

北埼玉再調査

なんだかんだで色々あって、いつの間にかブログ更新が1ヶ月以上も滞ってしまった。
テレビのデジタル化や足の怪我、その他諸々あったから仕方ないか。

さてさて、本日は大変お日柄が良さそうなので、北埼玉の城館の再調査及び小字の調査を行った。
これはあくまでメモみたいなものでスラスラと記しておくのである。

●楊井堀の内(熊谷市)
国道407号線の森林公園北口交差点付近にある地名。久下氏の一族である楊井氏の館跡か?
和田川が湾曲した内側に位置し、東の元大里町に街道であった事を示す字が点在する事から、館跡があった可能性が高そうに思える。
農地および宅地化されており、明確な遺構は残っていない模様。

●増田氏館(熊谷市)
元江南町の文珠寺で有名な所。高見城主であった増田四郎重富の後年の居館とされる。
遺構への立ち入りは禁止されているものの、道路脇から見れる土塁と堀は実に見事なもの。
数年ぶりに境内をじっくりと回って散歩を楽しむ。

●須賀広陣屋(熊谷市)
こちらも元江南町で、江戸期には陣屋であった所。
重殿沼なる農業灌漑池があり、江南南小学校東の藪には堀跡と思われる地形が残る。
それにしても公孫樹の黄色い葉が青い空と交じり合っていい景色になっていた。

●浄安寺(熊谷市)
元江南町御正新田にある寺。
ここには有力農民である喜兵衛が開基であり、その喜兵衛は坂田を氏としていた事から丹党坂田氏との関連が考えられるが、確証は無い。
水田地帯の真ん中の集落にあり、周辺の地形に比べて高まりがあった事を思わせる。
浄安寺周辺の道路形態や、北東方面の道路が若干クランクしている事(鬼門除け?)などを踏まえると館跡があった可能性がまったく無いとはいえない地形である。

●万吉曲輪(熊谷市)
現在の吉岡小学校付近の小字が曲輪であることから調査。
遺構などは見られないが、若干の高まりがあるように思える地形。
西の成沢城と忍城の直線上に位置する事から街道筋を抑える城郭か?
村岡良文の館跡の可能性も考えたが地名が万吉で古い集落も少ない事から可能性が低い。

●村岡陣屋(熊谷市)
吉岡中学校の北東の集落に陣屋の小字があり、周辺を歩くとそれらしい場所はあるが遺構は無い。
こちらも特に資料を調べずに訪れたので、江戸期の陣屋跡かも現在分からず。


このまま荒川を渡って調査しようか考えたが、先に腹ごしらえを兼ねて旧大里町役場へ訪れ小字調査。
箕輪の北廓以外にも同様の名称の小字が二箇所、竹之内・内手の地名が各一ヶ所、屋敷の地名が一ヶ所と城館席のある可能性をひしひしと感じさせる。
こちらは後日調査を行う予定。


そのまま新しくなった久下橋を通り、一路羽生へ。
羽生市立郷土資料館で行われてる企画展を見ようかと思ったが、あいにく休館日。
折角来たので羽生市役所にてまたまた小字の調査を実施。
こちらで気になるのは「人馬」という地名か、「陣場」にも通じるので何かあるかも知れない。
小須賀の在地土豪の館跡に名づけられる「内手」と上川俣の鎌倉府から入国してきた武士の居館に名づけられる「寄居」が隣り合わせになっている所が興味深い。

そして最後にお隣加須市へ小字調査の為に加須市役所へ。
大越氏や船越氏などといった在地土豪が気になっていたので、小字から調査するも確実なヒットはなし。
「中内」という地名は館跡名称になるのか少々疑問に思ったが、こちらも今後の研究課題として取っておく。
そして日没間際に前から気になっていたところへ向かった。

●下谷上手(加須市)
羽生市との境界線近くに下谷地区がある。この西端部の小字を「上手」といい、この地名は鴻巣市から上尾市に掛けての地域において城館関連名称として使われている。
広い水田地帯で西の空が夕日で茜色に染まった頃、この地域に足を運ぶ。
ある一角が浅いなりにも溝がある、水害除けの溝である可能性が高いが、個人的には好感持てる。
しばらく歩くと「矢嶋主税亮の墓所」なる案内柱を発見する。特にその解説が書かれていないのでよく分からないが、下谷村の開発領主であるようだ。
そのままグルッと一回りして本日の調査を終了する。


しかし、調べれば調べるほどどんどん新しい発見があって飽きない。
また時間を見つけては訪れたいものである。
  1. 2010/11/24(水) 20:38:15|
  2. 城館探訪の事(埼玉県)

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