長沢城所在地
長沢松平氏は三河国宝飯郡長沢の出で、埼玉県とは徳川家康の従兄弟の子である松平康直が武州深谷城に一万石で入城している事でゆかりがある。
では早速行ってみようとしたら・・・思い切り国道一号線で交通渋滞に巻き込まれ、予想以上に時間がかかった。

長沢城内は国道一号線が貫通してしまっており、その部分は破壊されている。
しかしながらその名残は残っており、南側に突き出た尾根を利用した城であると分かる。

破壊された尾根の一角には長沢城碑があり、今は石蓋で閉ざされた井戸もあるようだ。

移動してこちらは旧東海道。
長沢城は御殿としても使われたようで、右にある長沢小学校はその跡地に建てられたという。

長沢小学校の法面には長沢城に関する解説板があり、付属している地図には幾つかの堀に囲まれた長沢城の姿が描かれている。

もっとも城らしい面影を残す場所はこのお堂の辺りになる。
お堂の背後には国道1号線が走っており、風景に似合わず車の走行音が絶えず聞こえてくる。

この辺りには手を加えられたような跡が残されており、城の一角として使われた痕跡が残されている。
もうちょっと調べたかったが季節柄で蚊が大量にまとわりついてきたので、この場は撤退。

最後にコンクリート橋なのに名前が「土橋」。
ツッコミが入りそうな名前だが、以前は本当に土橋だったのかも知れない。
近くには御殿の名残を残す「御殿橋」も架かっている。
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- 2011/09/24(土) 07:00:56|
- 城館探訪の事(愛知県)
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